木のコラム

「神と雷と御神木」 2003年3月14日

 平成13年3月10日、私の住む島根県大原郡大東町下佐世に在る狩山八幡宮の境内の杉の木に雷が落ちた。私はこの時間には広島県沼隅郡沼隅町の「みろくの里」に居て、みろくの里の内に在る神勝寺の住職檀上宗謙氏とみろく美術館で話しをしていた。落雷が有った2時頃は丁度一緒に居た屋久島生まれの礒邊自適氏が神様と雷の関係性について話していた時刻である。
 礒邊自適氏は変わった人で、私が初めて出会ったのは1997年10月16日の事で自適氏の広島市での講演会に私が出雲より参加した時であった。会場に私は15分位遅れて着いたのだが、会場には16名居て私が着くのを皆が待っておられ、会場に着くと自適氏が席に案内して下さり、座ると「出雲から来て下さるとの事で出雲の神様に関係が有るだろうと思って待って居た」と言う。そして自適氏は私の時計を貸して下さいと言って、私が時計を渡すとそれを手に握ると、ワッと言ってビックリしている。どうしたのだろうかと思っていると、自適氏は相手の身に着けている品物から電気的に情報を読み取れるとの事。
 そんな事で自適氏は其の日の内に私の自宅にやって来た。次の日から出雲を案内すると私の現在住んでいる下佐世の佐世神社の境内に生えている樹を見て、この木が京都で今年の8月26日夢に出て来たとビックリしている。私は変な事を言うと思っていたが、次に私が生まれた横田町の伊我多氣神社に案内すると、今度はその境内に生えている木が9月11日に夢に出て来たとビックリしている。私が変な顔をしていると手帳を見せてくれた。
 なる程本当にその日のページに両方とも其の木の絵が書いてあり、両方の木の特長を良く表わしているので感心すると共に不思議な事があるものだと思った。両方共外に有る木とは全然姿が違うのでごまかし様が無いのである。そして自適氏が写真を撮るのに立つ場所が両方とも相撲土俵の真中に立っているので分けを尋ねると、丁度夢に出た絵に成るのがこの場所に立った状態だというのである。
   それならばと私の会社に一番近い狩山八幡宮に案内すると、土俵の真中に立った自適氏がいきなり頭を押さえて「痛い」と言って土俵を下りて来た。私が「どうしたのですか」と尋ねると「真中から電気が流れて来た」というのである。
 この事が有ってからその年の11月3日の狩山八幡宮の神事相撲に、東京両国の相撲博物館から桜井徳太郎先生をお呼びする事に発展するのである。狩山八幡宮にはいつの時代からかハッキリしないが、不思議な神事相撲が伝えられている。相撲は本来豊作を祈願する為に身を清めた力士が天と地の間に立って農作物の豊作をを神に祈る儀式として始まったものとの事。相撲の土俵の真中には、前の日に米や塩や酒など神へのお供え物を埋めて慎め物とする事が伝えられている。これは日本相撲協会の本場所でも何時も行なっている事だ。自適氏が土俵の真中で天からの電気(神なり)おなりが有ったという事と、夢の木を見ている神が土俵の真中に立っていた事など、土俵と神様と樹は関係が深いものであるらしい。
 今回狩山八幡宮に雷が落ちたのは、社務所立て替え工事の安全祈願祭のため、氏子ら30名が準備している最中だったとの事だが、誰も怪我は無かったとの事。今回の八幡様のメッセージは何なのかは、今の処解らないが、昔から戦を始める時に戦勝祈願をするのは八幡様である。何かの新しき動きの前兆である事は間違え無いだろう。
 長野県に在る諏訪大社には御神木を建てる行事が伝わっているが、これも雷に関係があるのではないだろうか。建御雷の神としてカヅチはイカヅチ、かみなりの事であり、京都の下賀茂神社も祭神は雷との事。因に私の住む村の川の反対側は加茂町である。聞いた話ではヨーロッパの有名な霊能者シュタイナーが死んだ時、庭のイチョウの木に落雷が有ったとの事。霊とは雷と電気的に繋がっているのだろうか。それならば自適氏の行動も今回の落雷の一件も納得する事ができるのだが。







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